公共広報コミュニケーション研究会

〈防災広報〉に関する事例考察・東京都板橋区「”攻めた”取り組みが、なぜ出来るのか」

〈防災広報〉に関する事例考察
東京都板橋区「”攻めた”取り組みが、なぜ出来るのか」
公共広報コミュニケーション研究会 主任研究員 佐藤 幸俊
(行政協働研究所 代表)

板橋区(板橋区公式チャンネル – YouTube)には、10月6日にオンラインで開催した「防災広報セミナー2022〈ふだん➤まさか〉に備える/地域との繋がり方を考える~進化する災害に、地域一体となって立ち向かうため、いまできること~」のパネルディスカッションに参加していただきました。
そこで紹介された「防災は”楽しい”や”おいしい”を必要としている」をコンセプトとする「いたばし防災+(プラス)プロジェクト」は、基調講演を行った京都大学防災研究所の矢守克也教授からも「生活防災の優等生」と称賛された、きわめて特長的な取り組みです。

〈たとえば、こんな取り組み〉
・大型商業施設との連携で実施した「おうちで備えるキャンペーン」
・職員の自作によるユニークな動画配信「いたばし防災+チャンネル」
・湖池屋とのコラボ。備蓄品としてのポテトチップスを提案「防災スナック」
いたばし防災+プロジェクト|板橋区公式ホームページ (city.itabashi.tokyo.jp)

 セミナーの参加者からは「役所の防災事業としては”攻めて”いる」「あれをやれていることがスゴイ」という声が寄せられました。

いたばし防災+チャンネル再生リスト

事前取材やパネルディスカッションの中での問いかけ「こうしたことを役所がやれているのは何故?」に対し、柏田地域防災支援課長は「こういうことが出来たら面白いのでは、と現場からの発案で動き始める。その意味で現在のメンバーのキャラも大きいし、それをカタチに出来ているのは、区の持ち味、上層部の理解があるから」と答えました。

組織 -2つの課の連携

板橋区では、防災に関する施策は危機管理部が主管しており、自助・共助を主とする地域防災支援課と、公助を主にする防災危機管理課の2つの課で構成しています。
これだけ自然災害の脅威への関心が高まっている今の時代において意外なことに、防災・危機管理を組織上、独立した部として位置づけているのはけっして多数派ではありません。東京23区においては7区(室は2区)


行政協働研究所調べ(令和4年11月12日現在:各区公式ホームページより)

自治体の組織はそれぞれの事情に応じた独自のものなので比較するのは難しく、一概に言うことはできないのですが、防災事業に対する区としての姿勢が表れていると考えるのはさほど的外れではないと、この表の顔ぶれからは言えそうです。

板橋区ではこの組織体制を有効に連携させるため、部長と2課長および係長級9名で毎週行われる係長会での連絡・報告をもとに、各現場のミーティングが行なわれています。現場の発想を活かすために必要となる、管理職・上長の意識共有がここでしっかりと行なわれていることがうかがわれます。

柔軟性-”聞”と”開”

特長的な取り組みが行なわれるようになった契機としては、消防庁からの出向で来ていた係長の存在も大きかったといいます。消防庁で啓発を担当していたその係長が持っていた視点や情報が寄与したことは想像に難くありません。
また、一連の”攻めた”取り組みの中でもひときわ注目度の高い動画については、最初から課員で自作出来たのではなく、初年度に委託した事業者の持つ民間のノウハウを吸収できたからこそ、という声もありました。行政内にもともと無いスキルを委託を通じて蓄積するというフェイズは、内製化に向けては不可欠な手順となります。
あるいはさらに、大型商業施設や食品メーカーなどとのコラボ(協働)に見られる外部の巻き込み方のうまさも特筆に値します。現在では企業側にも公共の一部を担うという意識が次第に広がってきているのですが、民間側からどうアプローチしたらよいかわからないというのが実態です。行政側から積極的に働きかけていくことで、新しい効果的な事業を生み出す契機にしていく必要があります。
幅広い意見を取り入れる”聞く耳”、役所内部に限らず、外へ向かって”開かれた意識”。これらを組織メンバーが共有し、それによってもたらされる柔軟性がメンバーに浸透していることが、現場の発想と上層部の理解を担保しているといえます。

課題が明確であること

板橋区ホームページから抜粋

筆者からの「何が課題か」という問いかけには、柏田課長から「無関心層をいかにして入口に誘い込むかが防災広報における重点」という見方が示されました。
「いたばし防災+(プラス)プロジェクト」という〈従来の防災に「なにか」をプラスして展開する、新たな防災事業〉が、YouTubeや湖池屋のポテトチップスなど、数々のユニークな取り組みで取り込もうとしているのは、どの事業においても無関心層です。
つまりターゲットが明確なのです。誰に届けたいか、誰を動かしたいかを明確にしているからこそ、“エッジの効いた”あるいは”ぶっ飛んだ”さまざまなアイデアが生まれ、結果として注目を集めることに繋がっています。
この重要性は自明なようで、行政の中で実践するのがたいへんなのは、言うまでもありません。しかしながら他自治体の担当者の言う”攻めた”という表現には、「攻める」ことで見えてくる実施効果や、だからこそ「攻めたい」という職業的な欲求が感じられます。
「効果を上げる=人をうごかす」ための手法がマーケティングであり、そこで決定的に重要なのが〈差別化〉なので、結果を求められる取り組みには、どうしてもオリジナリティが必要となってきます。政策課題に対し「説明がつく」(KGI)だけではなく、しっかりと「成果を出す」(KPI)ためには、マーケティング的な見方は欠かせないところです。

終わりに

平成27年に改築(※)された区役所南館のエレベーターに乗り、4階で降りると、目の前が地域防災支援課です。中では防災服を身につけた職員がきびきびと立ち働いています。
カウンターを訪ねると近くにいた女性職員がさわやかな笑顔で対応してくれました。(全国の市町村の防災・危機管理部局うち、1,741自治体の61.9%で女性職員が「ゼロ」なのだそうです。NHK「明日をまもるナビ」での放送内容より)

日ごろ、多くの役所に出入りしている筆者の目にも明るい雰囲気が印象的でした。組織の空気を担当者一人で変えることは、もちろんできませんが、一人が変わらなければ、全体が変わることも、もちろんできません。”攻めた”取り組みが、なぜ出来るのか-という問いへの答えは、こうした日常の業務を進める上での、ある意味、日々の小さな心配りの蓄積の先にあるのかもしれない。セミナーに前後して数回に渡り訪れた板橋区役所の中で、そんなことを考えさせられました。

※ちなみに北館1階に新設された「ギャラリーモール」を、JR九州の超豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」や「或る列車」などの鉄道デザインで著名な水戸岡鋭治氏が手がけたのは、板橋区在住の所縁による

インフォメーション ~ 気になる今後の取り組みは?

今回取材した「いたばし防災+(プラス)プロジェクト」の今後の取り組みについて伺ったところ、来年3月に実施予定のイベントから、3つをご案内いただきました。

区内一斉いたばしシェイクアウト

シェイクアウト訓練動画(https://www.youtube.com/watch?v=K3jYFQeeLQk
※動画は2021年3月にシェイクアウト訓練の啓発活用の一環で作成されたものです。

地震の揺れを感じた直後の対応にしぼった1分間でできる防災訓練なので、従来より幅広い層の参加が得られるというメリットがあります。防災行政無線、防災メール、SNS等による開始の合図を受け、どこでも、ひとりでもできるので、まさにウィズコロナの時代に即した訓練といえましょう。

おうちで備えるキャンペーン

▼令和3年度のおうちで備えるキャンペーン会場の様子(https://www.city.itabashi.tokyo.jp/bousai/bousai/1029032/1029256/index.html

多くの人が集まる商業施設との連携で、防災用品を集めたコーナーを設置するとともに、企業・団体・教育機関等の協力を受け、「おうちの備え」について展示を行うもので、これもやはりコロナ禍への対応からスタートしています。昨今、マスコミでも注目の高いローリングストックの普及や、まずは手軽に取り組み始めるきっかけとし、備蓄率の向上につながっています。

防災レシピブック3の発行

▼防災レシピブック2(https://www.city.itabashi.tokyo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/031/493/bousairesipibukku22.pdf

備蓄の重要性を理解して、長期保存のきく缶詰や乾物を買い込んだものの、そのままほったらかしにしてしまうと、まさかの時に役立たない-なんてことになりかねません。
こうした課題への対応として、板橋区では備蓄品を日常の食事に取り入れて、おいしく・楽しく活用できるよう、健康福祉センターの栄養士と共同でレシピブックを作成しています。第3弾は来年3月の発行が予定されています。
さらに詳しい内容については、板橋区 地域防災支援課 地域支援係(03-3579-2152)までお問い合わせください。

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